早天想起 仲人


民数記14:1-25v
初めてのカナン攻略を前に恐れをなして不平を叫びエジプトへ戻ろうとする群衆の姿がある。2V
結果としてヨシュアとカレブ以外のイスラエル人は40年の荒野放浪の末に滅亡することとなる。

それではこの場合の「民の咎」19Vとはなんであろう。
十戒には抵触してはいないようだし民の不平は今に始まったことではない。しかし決定的だったのは預言者を殺害しようとした事にある。10V

群衆心理とは単純であると共に、直情的だ。
恐怖に怯えた弱者であるかと思えば2,3V、民意に反するメッセージを受けると集団私刑を始めようとするし10V、扇動されやすい。
それは、ホサナと棕櫚で迎えたキリストを数日後に「十字架につけろ」と叫んだ群衆と何ら代わりはない。

そうした群衆と神との間にいるのが執り成しの祈り手である。
祈りにおいては群衆の側にたち、メッセージを取り次ぐときには神の側にたつということ。
人のちからではすぐに限界がくる。
うめきをもってとりなす聖霊が必要である。
祈りつつ、歩もう。

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